思い出とゴミは持ち帰ろう

思い出とゴミは持ち帰ろう



  ものすごい美しい日本語で注意書きをカスタマイズしていたので、とっても尊敬します。「思い出とゴミは持ち帰ろう」旅をこよなく愛する人々の心に響くフレーズです。

  英語の意味には「思い出」が出ていません。「ゴミをお持ち帰り下さい、ポイ捨てしない事に感謝します。」まあ、綺麗な言葉だからいいと思います。

  さぁ、中国語ではどうでしょうか。「ゴミを捨てるな、帰ってよ」、・・・・・・えっ、えぇ~?なになに、いきなり喧嘩口調?「持ち帰る思い出」と言う美しい言葉は?

  日本に来る旅行者の中でも、特に中国大陸の旅行者は、あまり日本にいい印象を残していない事を、方々から話を聞いています。動画でも日本の美しい観光名勝でゴミをポイ捨てする画像を見ると、「常識が無さ過ぎ」とか思う人が多いかと思います。そこにある文化背景を話して見ましょう、どのように思うか、どのように対処するかは、人それぞれの思いもあるでしょう。

  遡って鄧小平が表舞台に出て来るまでの中国は、ご存知文化大革命があった時代で、毛沢東の号令によって「四人組」が煽りまくった革命は、良し悪しの分別もなく、ただただ破滅的に文化風習を壊して行きました。ゴミ問題も文化教養の一部です。

  丁度筆者が生まれた年から文革が始まり、筆者が3歳頃から徐々に火が上海の様な国際都市にまで燃え移り、諸外国は引き揚げ、そこから上海の街も秩序より、共産党以外の全てを批判する一色となりました。何の生産性もない横断幕や貼紙が街のあちらこちらに現れ、貼りっぱなしで風雨にされればゴミとして舞う、ゴミのポイ捨ても徐々に増えて行き、街の変貌を小さい時からずっと見て来ました。

  文革前の中国は内政が腐乱し、色んな意味で諸外国のターゲットになっていましたが、それでも国際色豊かで黄金のバナナボードを乗ってまで行くべき夢の場所だと、謳われていましたのに、あっと言う間にゴミが舞う街へと変わります。

  筆者と同じ世代の現50、60代及びその第2第3世代(現30後半~40代)は、学校でろくな勉強も教養も受けられず、若い人は文革の副作用である経済破綻の犠牲となって、学校卒業してからは就職の自由もなく、地方へ農業の労働力として派遣されました。

  情報も共産党関係以外は遮断され、人々はへきへきし、無意味な時間をやり過ごし、麻雀やポーカーを知っている人はそれで現実逃避、知らない人はスイカやカボチャ、向日葵の種をカリカリと食べては殻を地面に捨て、数少ない漫才の話や、近隣から笑いのネタを探しては井戸端会議していました。一律の報酬なら、当然誰も時間外労働はしたくないのです。

  筆者が幼稚園の頃は、まだ近所のおばあちゃんやおじいちゃんがゴミ掃除したりしていましたが、小学校の頃はもうゴミ掃除する人も見なくなり、清掃職業の人が数日に一度見かける程度となりました。食べている人たちは「風が吹けばどっかへ飛んで行くよ」と気にさえしません。良くて、自分家の周りのゴミだけは掃除します。そして風で戻って来たゴミをブーメランとは思わず、風上の家に喧嘩を売りに行くのです。こんな政治の犠牲となった生活が20数年も続いていました。

  中国の市場経済が始まってからやはり20年近くなりますか、若い世代は経済が豊かになるに連れ、学習し、裕福な家庭なら世界各国で見識をも広められて、思考が変わって来ています。観光客の中でも常識ある若者が増えているのを見かけます。

  が、文革時代に育った10億の人は、まるで暗示にかかったように、世界の文化教養に馴染む事が出来ないでいます。自分の家が良ければ他国の観光名勝でもゴミのポイ捨てをするし、注意すると「中国人をバカにするな」と喰いかかって来ます。

  文革世代は子供の教育においても文革の洗脳で影響を受け、その第2、第3世代も、根拠のない自信とはったりをかましたプライドが根っこにあります。その人たちの中から一部富裕層が現在の日本旅行ブームで来られています。彼らは都合良く毛沢東思想の一部である「人が我を犯さずにして我も人を犯さず、人が我を犯すれば我は必ず人を犯す」に心酔しています。意味はやられたら必ずやり返すと言う事ですが、ゴミのポイ捨てが日本の環境を犯している自覚は持っていません。しかしゴミのポイ捨てを注意されると「馬鹿にされた」と思うのです。厄介です。

  筆者はかなり前から関係者に罰金制度を薦めましたが、当時の意見では「日本人は自我の目覚めを良しとするので、そんな強制的な事はしません」でした。返す言葉もありません。素晴らしいですが、それは自分以外の誰かの犠牲の上に成り立っている事ですよね。今の海のプラスチックゴミ、川のポイ捨てゴミ、富士山でもゴミ問題が多く、沖縄にまでゴミ問題でお手上げ状態です。ゴミ清掃や観光地域での景観破壊によるメンテナンス、莫大な経済損失は税金となって、被って来ます。

  さて、掲題の注意書きですが、実は日本のファジーさがあって、お薦めではありません。持ち帰ろうって、旅行者がゴミをどこへ持ち帰るのでしょうか?まさか飛行機に乗せて自宅まで持って帰れって?と思い、最初から無視します。これを「思い出は持ち帰る、ゴミはゴミ箱へ」にすると、効果が表れます。リズムのある中国語にしてみましょう。

美好回忆带到家,垃圾带到垃圾桶

  または、美しい思い出を大切にする中国人のプライドを刺激して、「ゴミのポイ捨てしないと、思い出はもっと美しい」を中国語にします。

垃圾不乱丢,回忆更美好

  さぁ、ゴミのポイ捨てを止められるでしょうか。中国人も後から自責の念に捕らわれる人もいますが、やった後では意味がないんですよ。

  日本人ボランティアではなく、中国留学生や研修生からゴミ掃除ボランティアを募集し、ゴミ清掃しながら実態を見てもらった上で、彼らの口で国内へ情報を持って行って貰うべきと筆者は考えましたけど、地方政府レベルで実行して頂けないでしょうか。

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